バックパッカー旅行記2008 インド(デリー)~社長からの預かりもの&盛大に腹を壊す~

さて、社会人になって初めて行ったバックパックの旅について書きます!
前回はアイルランドの留学の話でしたが、今回はインドです。
バックパッカー旅行記2005 アイルランド~ゴールウェイ/アラン諸島/コーク近郊etc~

ちなみにサムネイルはヘタリアの台湾ちゃんです!!

私は社会人になってバックパッカーを辞めると思いきや、インドを皮切りに、また、バックパッカーを再開したのでした。。。

というのも、今だから書けますが、当時、リーマンショック直後で、あまりの激務と、あと、職場がかなりピリピリしていた結果、下っ端の立場として、若干ハラスメント的なものも受けており、その多大なるストレスで、私は顔面神経麻痺を起こしていました。。

メイクをするときに、顔の感覚がマヒしていて、どこに描いているか分かりませんでした。
それもあり「やばいぞ」と思った私は、インドに行くことでショック療法を図ったのでした。
ちなみに、インドに行ったら顔面神経麻痺は治りました!
やはり原因は仕事のストレスだったみたいです!!!

社長からの預かりもの

実は、インドへのバックパッカー旅行に行く約2週間前に、部署で「社長との飲み会」が開かれました。
社長が直々に、各部署のメンバーと杯を交わすというもので、私がいた投資部門との飲み会の日に私は部長に「若い女だから社長の横に座ってお酌して盛り上げろ」と言われました。
この時いたのは典型的な日本の古き良き大会社だったので、こういう感じの言葉が当たり前に投げられてました。
そして、私はその時に社長に「私、社長のコラムを先月読みました。社長はインドに行かれて大変な経験をされたんですね!!社長はすごいです、私もインドに2週間後に行くんです!」と言ったら、社長は急に大喜びし「そうなんだよ!!俺のインド話を聞いてくれ!」と言って、語り始めました。

その話というのが、とても激しくて、社長がまだ学生の頃(それこそ40年以上前)に夜行列車に乗ったら、社長はそこで仲良くするフリをして話しかけてきたインド人に睡眠薬を盛られ、荷物を持ち逃げされそうになった。
社長は絶対に許すまじと思い、電車を飛び出し追いかけた。
そしたらそのインド人は社長の足を何度か刺して逃げて行った。
社長は夜中の無人の駅で倒れて動けないでいた、そしたら、そこに現れたのが、インドで修行僧をしている日本人のお坊さんだった…というお話でした。

そして、そのお坊さんが、今、インドのデリーで日本向け食材店のオーナーになられているとも聞きました。
私がインドに行くと聞き、社長は「僕はもうこの立場だからインドに当面は行けない、だから、どうか代わりに僕からのプレゼントを彼に渡してほしい」と言われました。
私はそれを預かり、インドへと向かったのでした。

しょっぱなから激しくお腹を壊す

空港から現地の普通のバスに乗り、何とか宿まで着きました!
そこは日本人宿でしたが、私は、そこで、なんと、初日から盛大にお腹を壊しました…!

というのも、そこで夜に食材持ち寄りパーティが開かれていて、ある女の子が「これみんな食べなよ~~!」と言って、屋台で買ったという焼き鳥を振舞っていました。
私は大学時代に行ったインドネシアの経験でも「屋台の焼き鳥とか、ダメだろ!!」って思ったのですが、ここは悲しき日本人、その場の空気に断り切れず「美味しいよぉ!」って女の子の強い勧めのままに、その焼き鳥を食べてしまったのでした。。。

えてして、私はめでたく初日から盛大にお腹を壊したのでした。。。。
そして、その壊し方というのが、なんかもうすさまじく、日本でちょっと「お腹壊れた」というレベルとは比べ物にならないような感じの状態で、もう道中はずっとグロッキーでした。。。

勇ましすぎる男の子

私は、社長のために、その日本人向け食材店に行こうと思っていたら、宿の入り口で日本人の男の子と仲良くなりました。
彼は色んな意味で勇ましい子で、大学生と言っていましたが、腕っぷしには自信があり(地元ではヤンキーとしてブイブイ言わせていたと言ってました)、それでもって親が地元四国の市長さんだと言っていました。

ヤンキーでやんちゃな見た目とは裏腹に、お父さんのご職業柄なのか、政治の事がめちゃくちゃ詳しくて面白い子でした。
(確か当時は鳩山首相が就任したばかりで日本はお祭りモードだったのですが、彼は就任の当時から既に「鳩山はダメだ、移民政策は絶対に止めさせるべき」「民主党は米国との外交素地が全くできてないから、米国との関係が危うくなる」と言っていました)

彼とも結果的に仲良くなり、彼が、私がバラナシに行くチケットを買うのを手伝ってくれました!
ちなみに2008年当時、デリーのチケットセンターは、日本で言う90年代レベルのPCで作業をしていました…!!!

彼のここまでの武勇伝がインド一つでもすさまじく、まず、インドのあまりメジャーじゃない街に行ったら、そこの街の悪い人が集団で強盗しようと襲い掛かってきて、一番強い奴数人をぶんなぐって倒したら、一気に皆逃げて行ったと言っていました。
あと、食べ物には相当気を付けて日本から持ってきたご飯で過ごしていたら、それなのになぜか、空気が悪いのか、3日目に盛大に腹を壊し入院する羽目になり、そしたら入院代で法外な金額を請求され、更に、泊まっていた宿からも「荷物を返してほしければ金払え」と言われ、二重で騙された…とも言っていました。

インドとぼったくり

そもそも、デリーは、歩いていると謎のインド人が「僕日本の大学で勉強していた、君のためにガイドするよ」と言って追っかけてくる事が多発していました。。。
あと、街の両替屋には絶対に行くな!ぼられるから!とも言われていました。
睡眠薬強盗も横行しているから、飲み物にも睡眠薬を混ぜられないよう気を付けろ!とも言われていました。

私はオートリキシャでデリーの郊外まで向かい、社長の恩人の方に無事お会い出来ました。
ちなみに、オートリキシャの運転手は、最初に↑の強そうな男の子と一緒だった時は全然普通だったのに、彼が途中で降りたとたんに、私に対してぼったくりをしてきました。
「今近道使ったからさ、料金は二倍だ」
と急に言い始めました。
私は日本語で「英語分からない~~」って一言言いました。
静寂が訪れました。
その後、私は、何事もなかったかのように、1倍の普通料金を運転手さんに手渡しました。
運転手さんは日本語で2倍の料金を請求する方法が分からず、黙って1倍の料金をポカンとしながら受け取っていました。。

ちなみに、この「英語分からない」戦法は、インドみたいな国だと行けると思います。
なぜなら、観光客も多く、彼らは、面倒をしてまで私からボらなくとも、他にもターゲットは沢山いるからです。
インドは未開の地と言われていましたが、実際は、めちゃくちゃ観光客に慣れまくっている観光地というイメージでした。

正直、本当の未開の地では、お金を出さなかったらすぐに撃ち殺される…くらいにガチだと思うので、本当の未開の地では、ぼったくりにあっても、変な抵抗はしない方が良いと思います。。

画像1

社長の恩人にお会いする

そんなこんなで、無事、社長の恩人の方にお会い出来ました!
せっかく来たので、私は日本のお菓子(こつぶっこ)をそこで買いました。

また、社長から預かっていたプレゼント(素敵な扇子でした)を渡し、その方のお写真を社長にお送りしました。

実は私は、この時、旅程の最後にバングラデシュに行くつもりでした。
バングラデシュまでは、カルカッタから夜行バスで行こうと思っていました。
そのために、バングラデシュのビザも先に取っていました!

でも、この方が強く「頼むから、本当に危険だから、そのバスには乗らないでほしい」と仰っていたため、私はバングラデシュにこの夜行バスで行くのをやめました。
実際、バスの中で荷物が盗まれるとかも多発しているとは聞いていました。。。

次は、インドのバラナシとカルカッタです!!


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