ど田舎の20年以上前のオタク&腐女子&レイヤーという存在 -①オタク-

こんにちは!!今回は、タイトルの通りのお話です。
20年以上前の田舎の腐女子とコスプレイヤー、というかオタクという存在について。

長くなりそうなので三回に分けます、第一回目の今回はオタクについて。

今でこそオタクは市民権がありますが、当時は、魔女狩りにあう魔女のような扱いでした…!
(魔女なんてかなり良い表現で、もっとなんというか、気持ち悪い存在というか…)

ちなみに私が今回書くド田舎の舞台は、福井県です。
福井県民の人が見て「田舎じゃねぇよ!」とか思ったらごめんなさい…私は福井は生まれてから14歳まで住んでいました。

私は当時、最後の方は病気持ちだったせいで学校で「バイキン」と言われていじめられまくっていて、もう、絶望の記憶しかないのですが(笑)、沢山の自然、美味しい海産物、それらも含めて福井は大事な故郷です!

いにしえのど田舎のオタク

まず、オタクというと「キモイ」「地味」「暗い」「友達いなそう」を地で行く感じのイメージでした。
というわけで、私もそんな感じのキャラでした(笑)テストだけいつも100点で、人と話せない挙動不審キャラでした。

当時の自分は、人生オワタwwって思ってました。
まあ、コスプレが、そんな私を救ってくれたわけなのですが…!!

人見知りで、人前で活発に話せなかった私は、家に帰ってからみるアニメが最高の楽しみでした。
クラスの中でアニメ好きというと「あ、うん、オタクね、、、」みたいな、ちょっとうがった目で見られる部分がありました。

当時の私が特に大好きだったのは爆走兄弟レッツ&ゴーでした、ミニ四駆のアニメです。
ドイツチームのシュミット(CV:石田彰さん)が大好きでした。

ちなみに、ほとんどのオタクはクラスでその存在を隠していました。
(ちなみに、傘でるろうに剣心の牙突のまねごとをしたり、あと、下敷きを頭の上でこすって静電気を起こして「はーーー!スーパーサイヤ人~~!」とかやっている奴らは、あれはオタクには入りませんでした)
ガチオタほど顕著に存在を隠していたのでした。

ただ、田舎は、悲しい事に、アニメが半年遅れで放送する上に、変な時間帯に放送されてました。
昔ポケモンがポリゴン事件で放送中止になって、半年分の遅れも含めてポケモンが急に放送停止になった時は、末端の田舎民として泣きました、、、

というわけで、爆走兄弟レッツ&ゴーも午後4時半のスタートでした。
末端の田舎民としては、4時半というのは、学校が終わったらダッシュで秒で帰らなければいけない時間帯で、かなり辛いものがありました…!
というわけで、もちろん帰宅部で、学校が終わったら、家までの道をダッシュしていたのでした。

ただ、私の小学校は、家から徒歩で60分な上、最大の近道である農道(一本道の田んぼ道)は、時々野犬が出たのでした…!!
野犬は狂暴なのもあり、農道で一本道で野犬に出会ってしまった日には、視界に野犬が見えるや否や、半泣きで引き返すしかなかったのでした。。。

ちなみに、当時田舎民として入手可能で、子供名ながらに愛読していたのは「アニメージュ」とか「アニメディア」でした。当時は幽遊白書で蔵馬様が大人気だったり、セーラームーンでセーラーマーキュリーが大人気だったり、そんな時代でした☆

そして、それらの雑誌は全て家から徒歩20分の勝木書店(福井県民なら知っている、ローカルな本屋さん)に置いてあったのでした。勝木書店、私のオタク人生を彩ってくれてありがとう…!

家族の反応

家族は、学校でいじめられていて、しかも、アニメに傾倒している私の事を、どう扱っていいか分からないようでした。
というのも、うちの父親と母親はお見合い結婚でそこそこの条件ありきで結婚したカップルでした、だから、父と母の合言葉は「世間体」でした。
(前に別のメディア向けの記事でこういう事を書いたら「うちの恥をさらすな!」と母に怒られたのですが、そういう感じで、とにかく、人様の前では美しく振舞いなさい、と教えられてきました)

また、知ってる人も多いかと思いますが、20年以上前の当時のオタクの世間的イメージは最悪でした。
宮崎勤などの誘拐犯が報じられるたびに「この犯人はアニメのDVDを保有しているオタクであり…」みたいな報道がされ、まるでアニメオタクが犯罪者予備軍かのような扱いでした。

父と母はそういうメディアの影響もあり、私の事を、眉をひそめて見ていました。

しかも、父も母もお坊ちゃま&お嬢様なのもあり、病気を持っているせいで学校でいじめられている私をどう扱っていいか分からないようでした。

子供ながらに、私も、私がいじめられていることを親が受け止めきれない事は感じ取っていて「自分はここに存在していいのか」といつも悩んでいました。
死のうと思った事も何度もありました(でも、度胸がなくて死ねなかったですが)。

でも、そんな中で私にとってオタクの世界は私の心の救いだったのでした。
学校ではスクールカーストの最下位で、手術が必要な病気を持っている中を体調が悪くても毎日学校に行き、沢山いじめられ、人生には全く希望はありませんでした。

オタクの世界が無かったら、多分、どこかで人生に疲れて死んでたかもです(笑)
ちなみに、当時、高校受験の時も、ずっと大好きな「デジモンアドベンチャー」の歌を聴きながら勉強していました。
そしたら、福井から上京してすぐなのに、普通では受からない、日本の中で女子最難関の高校に受かる事が出来ました!

デジモンアドベンチャーは最高のアニメです!
私はButter-Fly、Brave Heart、Keep on、My Wishを繰り返して聞いていました。
デジモンの歌は「傷ついても、前を向き続ければ素敵な未来があるよ」「逃げたり諦める事は誰しもあるけど、歩き続けよう、君しか出来ない事がある」という感じで、とても前向きで、心が明るくなる歌だったんです!

私の人生は、下がったり、上がったり、激しいです(笑)生きるって、不思議ですね☆

※ちなみに、ファンロードとかの腐女子関係のお話は、また別の記事「腐女子編」に書こうかと思います!